この記事の要点
- 学んでいるのに不安が減らない時は、積み上がる力ではなく、消えやすい知識ばかり増えているのかもしれません。
- 媒体の使い方だけを覚える学びは、やめた瞬間に手元に残りにくいことがあります。
- 人を動かす力や伝える力のように、媒体をまたいで使える力は、あとに残る資産になりやすいです。
どうも岩崎です。
今度はこれか、と思うようなやり方って、次から次に出てきますよね。少し前はこれ、今はこっち、その次はまた別のもの。見つけた瞬間はちょっと気分が上がるんです。なるほど、こうやるのか。ちょっと前に進めるかもしれない。私もそういう時期はかなりありました。
でも、不思議なことが起きるんですね。学んでいるはずなのに、なぜか不安が減らない。知識は増えているはずなのに、積み上がっている感じがしない。むしろ、次は何を覚えなきゃいけないんだろう、と落ち着かなくなる。これ、かなりあると思うんです。
しかも真面目な人ほど、ここにハマりやすいです。調べている。触っている。手も動かしている。なのに、なぜか安心できない。やっているわりに、自分の足場が固まっていく感じがしないんですね。
今日はその話をしたいんです。なぜ学んでいるのに積み上がらないのか。残る力と消える力の違い、という話です。

増えているのに、残っていないことがあります
ここ、かなり大事です。人は何かを学ぶと、前に進んだ気がします。これは自然です。でも実際には、増えていることと、残っていることは同じじゃないんですね。
たとえば、Instagramの見せ方を覚える。次にYouTubeの回し方を覚える。さらにSEOの書き方を覚える。広告の設定も少し触る。こうやって知識は増えていきます。でも、その知識が全部、自分の中に資産として残っているかというと、そうでもないことがあるわけです。
なぜかというと、その多くが、その場所だけで通用する操作知識だからです。仕様が変わる。流れが変わる。アルゴリズムが変わる。すると、昨日まで必死に覚えていたことが、急に古く見えることがあります。これ、かなりしんどいですよね。
つまり、学んでいるのに落ち着かないのは、学びが足りないからではなく、消えやすい知識ばかり増えているからかもしれないんです。
媒体の知識は便利です。でも、それ自体は住む場所ではありません
別に、新しいものを学ぶことがダメだと言いたいわけじゃありません。便利なものは使えばいいし、変化に対応することも大事です。でも問題は、そこを住む場所にしてしまうことなんですね。
Instagramを覚えた。次はYouTube。今度はショート動画。その次はAI。こうやって渡り歩いていると、そのたびに何か掴んだ気はするんです。でも、やめた瞬間に何も残らない学びもあるわけです。
これ、写真でも少し似ています。新しい機材の使い方を覚える。新しいソフトの操作を覚える。もちろん便利です。でも、そのカメラが変わったら、ソフトが変わったら、かなり忘れることもありますよね。反対に、光の見方や距離感や、何を切り取るかの感覚は残る。ここが違いなんです。
つまり、媒体の知識は道具としては便利なんですが、それ自体は自分の土台にはなりにくいことがあるんですね。住む場所ではなく、通る場所なんです。ここを間違えると、ずっと引っ越しばかりしている感じになります。
残る力は、場所が変わっても使える力です
では、何が残るのか。私はやっぱり、場所をまたいで使える力だと思っています。
たとえば、人を動かす力ですね。相手がどこで止まるのか。何に気づくのか。どうすれば信じるのか。どんな流れなら自然に動くのか。こういうものは、Instagramだけの話ではありません。LINEでも使えるし、広告でも使えるし、チラシでも使えるし、LPでも使える。写真でも文章でも使えます。
あるいは、伝える力もそうです。魅力をどう言語化するか。見えない価値をどう見えるようにするか。相手にどう自分ごと化してもらうか。これも媒体をまたいで残ります。
こういう力は、流れが変わっても急には消えません。むしろ、新しい媒体が出てきた時ほど活きるんですね。なぜなら、道具が変わっても、使う相手は人間だからです。
積み上がる人は、道具ではなく見方を育てています
ここ、かなり本質だと思っています。積み上がる人って、何か特別な裏技を持っているわけじゃないんですよね。むしろ、見方が残っているんです。
新しい媒体を見た時に、これは人のどの反応を取りにいく道具なんだろう、と見られる。写真を見た時に、これは綺麗かどうかより、止まるかどうかを見られる。言葉を見た時に、正しいかどうかより、伝わるかどうかを見られる。
つまり、技術より先に、解像度の高い見方が育っているんですね。だから、新しいものが出てきても、ただ慌てて飛びつくのではなく、どこに使えるのか、自分には本当に必要なのか、見極められるようになる。これが大きいです。
反対に、見方が育っていないまま媒体だけ追うと、ずっと不安です。次は何だろう。今度は遅れていないだろうか。もっと覚えなきゃいけないんじゃないか。こうなりやすい。学んでいるのに不安が減らない人は、ここが起きていることが多いです。
消える力ばかり集めると、忙しいのに弱い状態になります
これ、かなり怖いです。
新しいものを知っている。設定も触れる。投稿の型もわかる。流れも追っている。ぱっと見は、かなり勉強している人に見えます。でも、その全部が場所限定の知識だと、忙しいのに弱い状態になりやすいんですね。
なぜなら、一つ崩れるたびに、また別のものを覚えなきゃいけないからです。落ち着く暇がないし、土台も育ちにくい。これはかなり消耗します。
私は、ここがつらいと思うんです。勉強しているのに、強くなっている感じがしない。むしろ、何かを止めた瞬間に空っぽになる気がする。こういう学び方って、長く続けるにはしんどいですよね。
残る力を育てると、変化が少し怖くなくなります
反対に、残る力が育ってくると、変化そのものは止まらなくても、必要以上には怖くなくなります。新しい媒体が来ても、じゃあこれはどう使えば反応が起きるかな、と考えられる。今ある写真や言葉を、どう合わせれば伝わるかな、と考えられる。つまり、ゼロからではなくなるんですね。
これはかなり大きいです。商売って、変化を避けることはできません。でも、変化のたびに全部を失う状態と、変化しても自分の中に残るものがある状態では、しんどさが全然違います。
私は、あとに残るのは、道具を覚えた量より、道具をまたいで使える見方や力の方だと思っています。これは写真でも、文章でも、商売でも同じです。
何を増やすかより、何が残るかを見た方がいいです
もし今、学んでいるのに積み上がっている感じがしないなら、私はそこを一度見直した方がいいと思います。何を増やしているのか。増やしたものは、やめたあとにも残るのか。別の場所に行っても使えるのか。ここですね。
学ぶなという話ではありません。むしろ学んだ方がいいです。でも、その学びが道具の操作だけで終わっていないか、自分の見方や力まで変わっているか、そこを見る方がかなり大事です。
なので、今日のDay6で言いたいのは、これです。
なぜ学んでいるのに積み上がらないのか。消えやすい知識ばかり増やして、残る力を育てていないからかもしれません。媒体の使い方は便利です。でも、それだけでは土台になりにくい。反対に、人を動かす力や伝える力のように、場所をまたいで使える力は、あとに残る資産になりやすいんです。
次回は、この1週間の締めとして、最後に本当に残るものは何か、そこをもう少し大きな視点でまとめたいと思います。
よくある質問
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新しい媒体を学ぶことは無意味ですか?
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無意味ではありません。便利な道具は使えばいいと思います。ただ、それがやめた瞬間に消える知識だけで終わっていないか、という視点はかなり大事です。
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残る力とは、具体的に何ですか?
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人を動かす力、伝える力、魅力を見える化する力のように、媒体をまたいで使える力ですね。私はこのあたりが残る力だと思っています。
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何から見直せばよいですか?
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今やっている学びが、その媒体だけで終わる知識なのか、別の場所でも使える見方や力まで育てているのかを見ることですね。
P.S.
学んでいるのに、なぜか不安が減らない時ってありますよね。昔の私は、そういう時ほどさらに別のものを覚えようとしていました。でも今思うと、増やすことより、何が残るかを見る方が先だったんですね。そこを間違えると、ずっと引っ越しばかりしている感じになります。
