この記事の要点
- 一気に変わる方法を探したくなりますが、長く残る人は地味なことを積み上げています。
- 裏技は長持ちしませんが、地力は長持ちします。
- 今手元にあるものを使って、今日できることをやる方が、結局はいちばん強いです。
どうも岩崎です。
ビジネスをやっていると、これをやれば一気に変わる、みたいな情報が次から次へと出てきますよね。
新しいSNS、最新のツール、流行りの集客法。気になるのはわかります。私も普通に気になります。
でも、長くやってきて思うことがあるんです。派手な方法で一気に変わった人って、実はそんなに見ないんですよね。
むしろ残るのは、地味なことを地道にやった人です。
派手なものは目立ちます。でも残るとは限りません
派手な方法って、やっぱり魅力的なんです。
すぐ結果が出そうだし、自分だけ先に行けそうな感じもあるし、何よりやっている感があります。
でも、そういうものって長持ちしないことが多いんですよね。アルゴリズムが変わるとか、媒体の空気が変わるとか、みんなが一斉に参入して埋もれるとか、理由はいろいろあります。
裏技って、その瞬間は強く見えるんですが、土台にはなりにくいです。
逆に、プロフィールをちゃんと作るとか、お客さんに丁寧に返事をするとか、配信を淡々と続けるとか、そういうものは全然派手じゃないです。でも、こういうものの方が後から効いてきます。
結局、地味なことをやった人が残っています
たとえば、気づいたらちゃんと結果を出している人っていますよね。
その人たちをよく見ると、すごい裏技を持っていたというより、地味なことをちゃんとやっていることが多いです。
- プロフィールを整えている
- ホームページの導線をちゃんと作っている
- お客さんへの返信が丁寧
- 配信を止めずに続けている
- お客様の声や事例をちゃんと積み上げている
こういうのって、やろうと思えば今日からできるんです。でも地味だから後回しにされやすいんですよね。
そして、みんなが後回しにするからこそ、ちゃんとやった人が強くなる。わりとそんなものです。
裏技は長持ちしません。地力は長持ちします
私はここがいちばん大事だと思っています。
裏技は長持ちしません。でも地力は長持ちします。
地力というのは、伝わる文章を書く力とか、選ばれる理由を言葉にする力とか、お客さんとの信頼を積み上げる力とか、そういうものですね。
こういうものは、一発で大きく変わる感じはありません。でも、一回つくと強いです。しかも媒体が変わっても残ります。
Instagram が変わっても残る。ブログの流れが変わっても残る。広告の見せ方が変わっても残る。なぜなら、その人の中に力として残っているからです。
だから、派手なものより、地味でも残るものに時間を使った方が、結局はラクになるんですよね。
今手元にあるもので、今日できることをやる
もっと良い方法があるんじゃないか。もっと効率のいいやり方があるんじゃないか。そうやって探し続けたくなる気持ちはわかります。
でも、探している時間って、意外と何も積み上がらないんですよね。
それよりも、今手元にあるものを使って、今日できることをやる。この方が遠回りに見えて、実際は近道だったりします。
ホームページがあるなら見直す。配信のリストがあるなら送る。お客様の声があるなら載せる。プロフィールが弱いなら整える。
こういうことを淡々とやる人が、あとから振り返った時にちゃんと残っているんです。
結局、地に足をつけたことを地道にやるしかない
派手なやり方に目が行くことはあります。新しいものが気になるのも普通です。
でも、長く残る人を見ていると、やっぱり共通しているんですよね。地に足のついたことを、地道にやっている。
裏技より地力。派手さより積み上げ。結局そこなんだと思います。
今手元にあるものを使って、今日できることをやる。たぶん、それがいちばん強いです。
それでは。
よくある質問
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新しい集客法やツールを試すのはダメですか?
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ダメではありません。ただ、そればかり追いかけて土台が弱いままだと不安定です。新しいものを試すにしても、先に地力を作っておいた方が長く残りやすいです。
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地味なことを続けていて、本当に意味はあるのですか?
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あります。派手な変化は見えにくいですが、信頼や導線、言葉の精度のようなものは地道な積み上げでしか強くなりません。後から効いてくるのは、だいたいこういう部分です。
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何から手をつければいいですか?
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今すでに持っているものの中で、いちばん弱い土台から見直すといいです。プロフィール、導線、お客様の声、配信、返答の質。このあたりは今日からでも手を入れやすいです。
P.S.
地道にやっていると、本当にこれで合ってるのかな、と不安になる瞬間があります。でも、その不安を抱えながらも続けた人が、あとから振り返った時に、あの時期があったから今がある、と言えるんですよね。結局、そういうものだと思うわけです。
