マーケティング

いわさきじゅんJUN IWASAKI

どうも、岩崎です。

私は、金魚屋の家に生まれました。

子どもの頃は、それが特別なことだとは思っていませんでした。家に金魚がいて、水槽があり、人が金魚を見に来る。父が店に立っている。それが、私にとっての普通でした。

でも、大人になって振り返ると、私はその頃からずっと「どう見せれば人の心が動くのか」を見ていたのだと思います。

金魚の動き。水の中に入る光。器の中に生まれる余白。同じ金魚でも、見せ方ひとつで印象は変わります。

岩崎家は、東京下町の商人文化が色濃く残る家系です。確認できている直系は、清吉、伊三郎、健一郎、利夫、そして私、岩崎潤へと続いています。

家の伝承では、もともと小松菜の栽培に関わっていた地域にあり、そこから浅草橋へ移ってきたそうです。その後、米蔵や流通、反物問屋文化に関わり、蔵前や浅草橋周辺の商業ともつながっていたと聞いています。

父・利夫は、その流れの中で「いわさき商店」として金魚屋を創業しました。

19歳の時、広告写真家・勝田敏照氏に弟子入りしました。そこから7年間、広告写真の現場で、光の作り方、構図、空気感、商品をどう見せるかを学びました。

私の写真の出発点は、ウェディングでも家族写真でもありません。アイドルでも鉄道でもありません。

最初に撮影した仕事は、サッポロビール工場のパンフレットに使う写真でした。67カメラというフィルムカメラで撮影したことを、今でも覚えています。

その後、旭化成のパンフレット制作に携わりました。それが、私にとって広告写真の本格的な始まりです。

26歳でプロカメラマンとしてデビュー。29歳で結婚し、西新宿に家を買いました。

これまで、BS日テレ「P League」、日本テレビ系ドラマ、ユニクロ、ヨドバシカメラ、ホンダ技研などの広告撮影にも携わってきました。

2006年頃からは、金魚文化と写真表現を融合した活動にも関わり、アートアクアリウムでは写真提供やビジュアル制作にも携わっています。

38歳の時には、営業支援を行う会社を創業しました。社員数は約40名まで増え、さまざまな企業の販売活動を支援してきました。

そこで学んだのは、モノは説明だけでは売れないということです。

人は、文章を読む前に、まずビジュアルを見ています。人の話を聞く前に、まず見た目から印象を受け取っています。

だから、何かを伝える時に大事なのは、いきなり言葉で説明することではありません。まず、どんな印象を持ってもらうのか。どんな空気を感じてもらうのか。どんな価値がありそうだと思ってもらうのか。

そのイメージを設計することです。

私はこれを「ビジュアルマーケティング」と呼んでいます。

写真は、ただ綺麗に撮るものではありません。見る人の中に、信頼、期待、安心、欲しいという感情を生むためのものです。

その5年後には、貿易業の会社も立ち上げました。日本の文化や商品を海外へ届ける仕事です。

そして現在は、ひとり経営者として活動しています。

広告写真、商品撮影、販売ページ制作、そしてビジュアルマーケティングを通じて、見た目だけでは終わらない、人の感情が動く導線設計を行っています。

金魚屋の家で見ていた「どう見せれば、人が足を止めるのか」という感覚。

広告写真の現場で学んだ「どう撮れば、価値が伝わるのか」という視点。

営業支援の現場で学んだ「どうすれば、人は信頼し、行動するのか」という原理。

それらが今、ひとつにつながっています。

だから私は、見た目だけでは終わらない表現を大切にしています。

人の感情が動き、記憶に残り、誰かとの関係が生まれる。そういう表現を、今も作り続けています。

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