なぜDRMは古くならないのか。媒体ではなく人間を見ているからです

この記事の要点

  • Instagram、LINE、YouTube、広告、ブログはあくまで媒体であり、本体ではありません。
  • 媒体は変わっても、人が気になる、信じる、動くという反応の原理は大きくは変わりません。
  • だから、媒体の使い方だけを追うより、人間の反応を理解する方が、長く役に立つ力になります。

どうも岩崎です。

少し前まではFacebookが熱いとか、次はInstagramだとか、いや今はYouTubeだとか、最近はショート動画だとか、さらにAIだとか、こういう話って次から次に出てきますよね。しかも、毎回それっぽく聞こえるんです。これからはこれです、今やるならこれです、乗り遅れると危ないです、みたいに言われると、ちょっと気になりますよね。

でも、こういう情報をずっと見ていると、だんだん不安にもなるわけです。今やっていることは古いんじゃないか、自分は出遅れているんじゃないか、次は何を覚えればいいんだろうか、と。これ、かなり多くの人が感じていると思うんですね。

ただ、私はここで少し違う見方をしています。たしかに媒体はどんどん変わります。でも、だからといって、人間の反応まで毎回全部入れ替わるわけじゃないんです。気になる。止まる。信じる。頼みたくなる。買いたくなる。この流れ自体は、そんなに急には変わりません。

だから今日は、その話をしたいんですね。なぜDRMは古くならないのか。媒体ではなく人間を見ているからです、という話です。

媒体は変わります。でも、人の反応の仕組みはそう簡単には変わりません

Instagramが流行る。LINEが強いと言われる。YouTubeが伸びる。広告の仕様が変わる。ブログが見直される。こういうことは、これからもずっと起きると思います。道具の世界って、そういうものですよね。便利なものほど早く広がるし、広がれば差がつきにくくなるし、また次の道具が出てきます。

でも、その道具を使っている相手は人間です。ここが大事なんですね。人が何に反応するか。何を面白いと思うか。何を信じるか。何に不安を感じるか。何を自分ごとだと思うか。このあたりは、媒体が変わったからといって、そんなに一気には変わりません。

つまり、Instagramに投稿するから特別な人間心理が発動するわけではないし、LINEに送るから別の生き物になるわけでもない。人は人なんです。媒体は変わっても、反応の土台にあるものはそこまで変わらないわけです。

ここが見えていないと、ずっと道具だけを追いかけることになります。でも、ここが見えてくると、媒体の変化に振り回されにくくなるんですね。新しいものが出ても、これは結局、人のどの反応を取りにいく道具なんだろう、と見られるようになるからです。

写真も、どこに出すかより、見た人がどう感じるかの方が本体です

これは写真でもかなり同じです。

いい写真って、Instagramに出したから良くなるわけじゃないんですね。LPに置いたから急に魅力が増えるわけでもない。チラシに載ったから止まるようになるわけでもありません。もちろん、見せる場所によって多少の相性はあります。でも、本体はそこではないんです。

本当に大事なのは、その写真を見た人がどう感じるかです。止まるのか。気になるのか。記憶に残るのか。信じたくなるのか。頼みたくなるのか。ここなんですね。

反対に言うと、反応しない写真は、媒体を変えてもやっぱり弱いことが多いです。Instagramでは止まらない、でもLINEに送ったら突然すごくなる、みたいなことは、絶対にないとは言いませんが、本質的には起きにくいですよね。

つまり、写真もクリエイティブも、本当に見たいのは媒体との相性以前に、そもそも人が反応したくなるものになっているかどうかなんです。ここを外したまま、置き場所だけ変えても、そんなに劇的には変わらないわけです。

面白いものは、媒体が変わっても面白いです

ここは、かなりシンプルな話です。面白い動画は、YouTubeでも面白いし、別の場所に持っていっても、やっぱり面白いことが多いですよね。逆に、反応が弱いものは、媒体だけ変えても、急に本質が変わるわけではありません。

これって、写真でも、文章でも、デザインでも同じです。人が見て反応するものは、場所が変わってもある程度ちゃんと反応する。もちろん、細かい調整は必要です。でも、元が弱いものを、媒体の力だけで何とかしようとすると、かなり苦しくなります。

だから、本当に優先したいのは、どこに出すかよりも、そもそもそれが人にどう見えているかなんですね。面白いのか。気になるのか。信じられるのか。欲しくなるのか。こういう反応の本体を見ないまま、新しい媒体ばかり触っても、やることだけが増えていきます。

媒体だけを追うと、何も残らないことがあります

ここが、かなり怖いところです。たとえば、Facebook集客がいいと聞いてFacebookを学ぶ。結果が弱い。次はInstagramだと思ってInstagramを学ぶ。それでも思ったほど出ない。今度はYouTubeがいいと聞いて、またそっちをやる。こういう流れ、すごくよくありますよね。

でも、このやり方って、媒体の操作方法を覚えているだけになりやすいんです。だから、やめた瞬間に何も残らないことがあります。Facebookをやめたら終わり。Instagramをやめたら終わり。YouTubeを止めたら何もない。こうなると、資産になっていないんですね。

反対に、人の反応を理解する力が育っていれば、それは媒体をまたいで残ります。写真の見せ方にも使える。文章にも使える。広告にも使える。LPにも使える。店頭にも使える。だから、長く役に立つんです。

私はここに、かなり大きな差があると思っています。何を使うかを覚えるのか。なぜ人が動くのかを理解するのか。この違いですね。

DRMが古くならないのは、媒体ではなく反応の原理を扱っているからです

ここでやっとDRMの話なんですが、DRMが古くならない理由って、結局ここなんです。DRMは、特定の媒体の攻略法ではありません。Instagram集客法でもないし、LINEの裏技でもないし、YouTubeのアルゴリズム対策でもありません。

本体は、もっと手前にあります。人がどう反応するか。どうやって気づくのか。どうすれば信じるのか。どういう流れなら自然に動くのか。そこを見ているから、古くなりにくいんですね。

だから、新しい媒体が出てきても、ゼロから全部やり直しにはなりにくいんです。この媒体ではどう見せれば反応が起きるかな、この順番なら届きやすいかな、と考えられる。つまり、道具が変わっても、見方が残るわけです。

私は、ここがかなり大きいと思っています。今の時代、道具に詳しいだけだとしんどいです。なぜなら、道具はすぐ変わるからです。でも、人間の反応を見る力は、そんなに簡単には古くなりません。だから、長く使えるわけです。

変わるものより、変わりにくいものを持っていた方が強いです

もちろん、新しい媒体を無視しろという話ではありません。変化には対応した方がいいし、触ってみた方がいいです。でも、それに全部を預けるとしんどくなるんですね。仕様が変わるたびに不安になるし、流行が動くたびに焦るし、常に何かを追いかけ続ける感じになります。

それより、変わりにくいものを持っていた方が強い。つまり、人がどう反応するかを見る力です。これがあると、新しいものが来ても、ただ慌てるのではなく、自分なりに判断できます。これは人が止まりやすい形なのか。これは信頼につながるのか。これは本当に反応を生むのか。そうやって見られるようになるわけです。

だから、今日、言いたいのは、これです。

なぜDRMは古くならないのか。媒体ではなく人間を見ているからです。Instagram、LINE、YouTube、広告、ブログは変わっても、人が気になり、信じて、動く原理はそう簡単には変わりません。だから、媒体の使い方だけを追うより、人の反応の本体を理解する方が、ずっと長く役に立つわけです。

次回は、その反応の本体とも言える、魅力が伝わることと、反応が起きることは別だという話に入っていきます。いい写真を載せても売れないのはなぜか。ここを、もう少し具体的に見ていきます。

よくある質問

新しい媒体は追わなくてよいのでしょうか?

追わなくてよいという話ではありません。触ってみる価値はあります。ただ、本体は媒体ではなく人の反応なので、そこを見失わない方が長く強いと私は考えています。

媒体によって反応は変わるのではないですか?

多少は変わります。ただ、根本のところで、人が気になる、信じる、動くという原理が急に別物になるわけではないので、まず本体を見る方が大事です。

写真やクリエイティブにも同じ考え方が使えますか?

使えます。どこに出すかより、見た人が止まるのか、気になるのか、信じるのかという反応を見る方が、本質に近いと私は思っています。

P.S.

媒体の話って、どうしても新しい方が強そうに見えるんですよね。でも、写真でも商売でも、最後に残るのは、どこに置いたかより、見た人がどう感じたかの方だったりします。私は、ここを見失うと、やることだけ増えて疲れると思うわけです。

いわさきじゅん

1998年に広告制作会社で写真が始まり、アートイベント会社の広報として活動していました。まだあまりウェブマーケティングが普及していない2006年からSEO(検索エンジン対策)・リスティング広告(PPC広告)・LPO(ホームページ対策)・コピーライティングなど、サポートをしています。