どうも岩崎です。
この前、久しぶりに昔の名刺入れをひっくり返してみたんです。
- カメラマンの名刺
- 飲食やってた頃の名刺
- 電気通信の会社をやっていた頃の名刺
いろいろ出てきて、ちょっとした歴史資料館みたいになりました。
で、並べて眺めていたら、面白いことに気づいたんです。
肩書きも、事業の内容も、ターゲットも変わっているのに
一番伝えたい中心は、ほぼ変わっていない。
言い方は違うけど
- 人の心が動く瞬間をつくりたい
- そのための仕組みを一緒に組みたい
ざっくりまとめると、ずっとこの路線なんですね。
この時、改めて感じました。
ああ、上流から作っておくと、ブランドって無理して作らなくていいんだな

上流から作ると、ブランドを「盛らなくて」済む
ブランドを作りたいという相談を受けるとき、
よくあるパターンが
何を足せばそれっぽく見えますか?
という方向から入ってしまうケースです。
- 肩書きを盛る
- ストーリーを盛る
- 実績を盛る
- 写真を盛る
とにかく足していく方向で考える。
気持ちはよく分かるんですが、
このやり方って、やればやるほどしんどくなります。
なぜかというと、上流が曖昧なまま下流を立派にしようとしているからです。
上流から作るブランドは、基本的に
足すよりも、余計なものを削っていく作業
に近いです。
やたら増えるのは言葉ではなく、納得感と自然さの方です。
上流から作る流れは、ざっくりこの3段階
私がクライアントさんと一緒にやるときは、かなりざっくり言うとこういう流れです。
- 自分のコア(中心軸)
- その人ならではのコアブランド
- そこから降りてくる商品や企画のコンセプト
もちろん実際はもっと細かいワークに分かれますが、
大枠はこの3段階。
逆に、最初から
売れる商品のコンセプトを考えたいです
と来られた場合も、
いったん上流にさかのぼってもらいます。
なぜかというと、
上流がそのままブランドの骨格になるからです。
骨格ができていない状態でパーツだけ作っても、
短期的には何とかなるかもしれませんが、
積み重ねたときに一体感が出ない。
ここで無理が生まれます。
自分のコアは、立派な理念じゃなくていい
上流から作ると言うと、立派な理念を言語化しなきゃいけない
と勘違いされがちです。
でも、私が一緒に掘ってもらうときに見たいのは、
もっと素朴な部分です。
- 何をしているときに時間を忘れるか
- なぜその人たちと関わりたいのか
- 何をされると一番モヤっとするか
- お金だけあっても続けたくない仕事はどんなものか
こういう話の中に、
その人が本当は手放したくない「感じ」が出てきます。
私はここを、コアの素材だと思っています。
かっこよくまとめた一文より、
その人が思わず口からこぼしたような本音の方が
あとでブランドのエネルギー源になるからです。
コアブランドは「その人らしい翻訳版」
コアが見えてきたら、次はそれを他人に伝わる形に変換します。
ここで初めて
- 誰に
- 何を
- どう届けたいのか
が出てきます。
たとえば
がんばりたくないけど放っておくと体調が不安な人に
ゆるく続けて気づいたら楽になっている運動習慣を届けたい
とか、
自分の表現に自信がない個人事業主に
写真と文章と仕組みを組み合わせて
自分らしさごと伝わるマーケティングを整えてほしい
みたいなものですね。
この段階で初めて
その人のコアを
誰かに役立つ形に翻訳するとこうなる
という輪郭が見えてきます。
ここまで来ると、
ブランドを無理やり「作る」という感覚が少し減ります。
自分のコアが、
自然に外向きの形になっているだけだからです。
商品コンセプトは「一部分を切り出した具体」
さらに下流で、ようやく商品や企画のコンセプトが出てきます。
上の例でいえば
- 5分でできる頑張らない運動術のミニ講座
- スマホ一台で始める写真と文章の整え方講座
みたいなイメージ。
ここで大事なのは、
商品コンセプトは、ブランド全体の一部分を具体化したものに過ぎない
という感覚を持つことです。
ここだけを立派にしようとすると、
全体とのつながりが切れやすい。
でも、
上流で決めた世界観のどの部分を、
この商品では担当するのか
という視点で見ると、
ブランド全体の絵の中で
商品がちゃんと居場所を持てるようになります。
上流から作ると、ブランドが「自然体で強く」なる理由
上流から作ると、何が楽かというと
自分のキャラとブランドのキャラが分離しなくなるという点です。
よくあるのが、
- 普段の自分
- ブランドとしての自分
が別人格になってしまうケース。
- 普段は穏やかなのに、発信になると急に煽る
- 本当は丁寧に説明したいのに、尖った一言ばかり狙いにいく
- 本当は長期的な関係を望んでいるのに、短期の売上だけを追いかける構成になっている
このズレが続くと、どこかのタイミングで息切れします。
上流から積んでいくと、
- 自分の中心
- 大事にしたい人
- その人たちに渡したい世界
この三つが、ほぼ一本の線に収まっていきます。
その結果、
- 頑張ってキャラを演じる必要がなくなる
- 多少言葉が荒くても、根っこが伝わる
- 多少見た目が整ってなくても、芯が伝わる
つまり「自然体のままでも強い状態」に近づくんですね。
手順を飛ばすと、常に「作り直し続けるブランド」になる
逆に、上流を作らずに下流から始めるとどうなるか。
- 商品が変わるたびに
- ターゲットが変わるたびに
- トレンドが変わるたびに
ブランドを微妙に作り直し続けなきゃいけなくなります。
- 肩書きも
- キャッチコピーも
- 自己紹介文も
- サイトの構成も
毎回、ゼロベースで悩むことになる。
これは単純に疲れます。
上流から作っておくというのは、
言い換えると
自分の中にひとつ、戻る場所をつくる
ということでもあります。
何か新しいことを始めるときも、
- これって自分のコアとつながるかな
- 既存のコアブランドとケンカしないかな
と、一度立ち止まることができる。
この一拍があるかどうかで、長期のしんどさがかなり変わると私は思っています。
P.S.
最初に出てきた名刺の話。
カメラマン時代の名刺も
飲食の名刺も
電気通信の会社の名刺も
一枚ずつ見ると、別々の人がやっている仕事に見えるかもしれません。
でも、自分の中では
- 人の心が動く瞬間をつくる
- そのための場や仕組みをデザインする
という意味では、ずっと同じことを続けている感覚があります。
こうやって過去を振り返ったときに
あ、全部つながってたんだな
と思えたとしたら、それはきっと
上流にあったものが、形を変えながら下流に降りてきただけなのかもしれません。
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