この記事の要点
- 親子で似るのは見た目だけでなく、脳のかたちにも親子の類似が見られる可能性があります。
- 研究では、父親に似る部分、母親に似る部分、両親に似る部分、どちらにも似ない部分があることが示されました。
- 私は専門家として断定する立場ではありませんが、見えないところにも親子のつながりがあるのかもしれない、という視点はとても興味深いと感じます。
どうも岩崎です。
親子って、不思議ですよね。顔が似ているとか、笑い方が似ているとか、歩き方まで似ているとか、そういう話はよくあります。本人たちは似ていないつもりでも、まわりから見ると、ああやっぱり親子だなと思う瞬間があるわけです。
でも最近の研究を見ていると、似ているのは表に見える部分だけではないのかもしれない、と思わされます。今回気になったのは、親子の脳のかたちに関する研究でした。

親子で似るのは、顔だけではないのかもしれません
東北大学の研究グループは、父・母・子からなる親子トリオ152組の脳MRIを使って、子どもの脳のどの部分が父親に似ているのか、母親に似ているのかを詳しく調べたそうです。その結果、子どもの脳には、父親にのみ似る部分、母親にのみ似る部分、両親に似る部分、そしてどちらにも似ない部分があることが示されたと報告されています。
ここ、かなり面白いですよね。脳というと、多くの人は、性格とか能力とか、そういう中身の話を想像しがちです。でも今回の研究は、まずは脳のかたちのレベルで、親子の間に類似が見られる可能性を示したわけです。
私は専門家ではありませんので、脳が似ているから性格まで同じだ、といった話に広げるつもりはありません。ただ、見た目の似ている似ていないの向こう側に、もっと静かな類似があるのかもしれない、と考えると、少し見え方が変わってきます。
どこが似るかは、親子の性別の組み合わせでも違うそうです
さらに研究では、どの部分が父親と母親のどちらに似るのかは、親子の性別の組み合わせによって異なることも示されたそうです。つまり、父と娘、母と息子、といった組み合わせによって、脳の類似の出方に違いがある可能性がある、ということですね。
ここも興味深いところです。似るか似ないか、だけではなく、誰と誰の組み合わせかでパターンが違う。人間のつながりって、思っている以上に単純ではないんだなと感じます。
こういう研究を見ると、親子関係というものを、感覚だけではなく、少しずつ見える形でも捉えられるようになってきたんだなと思います。もちろん、それで全部が説明できるわけではありません。でも、見えないつながりを、見える形で考える入口にはなりますよね。
似ていることは、決めつけの材料ではなく、理解の入口なのかもしれません
こういうテーマは、ともすると運命論みたいに読まれやすいんですよね。親に似るなら仕方ないとか、脳が似ているなら性格も決まるのかとか、そっちに行きやすい。でも、私はそういう読み方はしたくないわけです。
むしろ、親子には見えないつながりがあるかもしれない、という理解の入口として読む方が自然だと思っています。東北大学の発表でも、今後は、なぜ親子で脳が似るのか、なぜ性別が関与するのか、そして脳の類似と性格や心の不調がどう関係するのか、といった問いに迫っていくとされています。つまり、今回の研究は答えを出したというより、次の問いを開いた研究なんですね。
私はここに価値があると思うわけです。人は、見えているものだけで家族を理解しているつもりになりやすい。でも、本当はその奥に、まだ言葉になっていない共通性や違いがあるのかもしれない。そう思うと、親子という関係も、少し丁寧に見たくなります。
だから、今日のテーマで私が言いたいのは、これですね。
親子で似るのは、顔や雰囲気だけではないのかもしれない。脳のかたちにも、父親に似る部分、母親に似る部分、両方に似る部分、どちらにも似ない部分がある可能性が示された。
見えないつながりを、見えないままにしない。こういう研究は、その入口としてとても面白いと思うわけです。
よくある質問
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脳が似ていると、性格も同じになりますか?
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今回の研究が直接そこまで示したわけではありません。まずは、脳のかたちに親子の類似が見られる可能性が示された、と受け取るのが自然だと思います。
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父親似と母親似は、はっきり分かれるのですか?
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研究では、父親に似る部分、母親に似る部分、両親に似る部分、どちらにも似ない部分があると報告されています。単純にどちらか一方だけ、という話ではなさそうです。
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この研究のいちばん大事な点は何ですか?
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親子の脳の類似を、父・母・子の親子トリオで詳しく調べ、性別の組み合わせによる違いまで示した点だと、私は受け取っています。
P.S.
親子って、似てほしくないところほど似たりしますよね。しゃべり方とか、表情とか、口ぐせとか。そういう日常の似ている、の奥に、もっと静かな共通点があるのかもしれないと思うと、少し見方が変わります。私はそういう、見えない共通点の話がけっこう好きなんです。
