この記事の結論
- 孫子の「兵は詭道なり」は「嘘をつけ」という話ではなく、「人は現実そのものではなく、見えている世界で判断する」という前提を突きつけています。
- 仕事やビジネスでは、どれだけ中身が良くても、見せ方や文脈がズレていると、そもそも検討テーブルにすら乗らないことが多いです。
- 大事なのは、事実をねじ曲げることではなく、「本来届けたい価値が、相手の目にどう映っているか」を設計し直すことだ、というのが今日のテーマです。
どうも岩崎です。
きょうは「兵は詭道なり」という、ちょっと物騒な一文を扱います。直訳すると「戦いとはごまかしである」みたいな響きになるので、「騙せということなのか?」「ずる賢くなれという話か?」とモヤっとする方も多いと思います。
私はこれを、「人は現実そのものではなく、見えている世界で動く。その前提を無視して戦うと、ほぼ負けるよ」という警告として読んでいます。字面だけ見ると過激ですが、中身はかなり冷静で現実的な話です。

「嘘をつけ」という話ではない
まず先に、誤解されやすいところから整理します。「詭道」と聞くと、「騙す」「罠を仕掛ける」といったイメージが強いですが、ここで言っているのは「現実の見え方と、当事者の認知はズレるものだ」という前提です。
例えば、写真やビジュアルの仕事でよくあるのが、「実物はすごく良いのに、写真だと全然伝わっていない」という状態です。現実としては素晴らしい商品なのに、写真やテキストの見せ方が整っていないせいで、画面越しには「なんとなく普通」にしか見えない。
このとき、「実物は良いんだから、分かる人には分かるはず」と言っていても、お客さんの画面の中にはその「良さ」が存在していません。ここで必要なのは、事実を盛ることではなく、「画面の中でどう見えているか」をちゃんと設計し直すことです。
孫子的に言うと、「相手が今どんな世界を見ているのか」を前提に置きなさい、という感じですね。
見せ方が判断を支配する、という現実
人は、現物そのものではなく、「目に入った情報」と「そのときの文脈」で判断します。これは、日常でもよく分かります。
同じ商品でも、
- スマホの小さな画面で、暗い写真とざっくりした説明で流れてきたもの
- きちんと整えられた写真と、使う場面がイメージできる言葉で紹介されたもの
どちらを「良さそう」と感じるかは、言うまでもないと思います。ここで起きているのは、商品の差ではなく、「見え方」が判断を支配している状態です。
これを無視して「中身で勝負したい」と言ってしまうと、そもそもスタートラインに立てません。相手の目の前に、自分の価値がちゃんと届く形で現れていないのに、「分かってもらえない」と嘆いても、ちょっと酷ですよね、という話です。
情報とは「事実」ではなく「認知」である
ここで一歩踏み込むと、「情報とは事実ではなく、相手側の認知である」という感覚が大事になってきます。
例えば、
- こちらが「丁寧なサポート」と思っていることが、相手には「返信が遅い」と認識されている。
- こちらは「分かりやすくシンプルに書いたつもり」の説明が、相手には「抽象的でよく分からない」と受け取られている。
- こちらが「自然光を生かした雰囲気のある写真」と感じているものが、相手には「ちょっと暗い写真」に見えている。
どれも、こちら側の事実と、相手側の認知がズレている例です。どちらが正しいかではなく、「相手の認知の方が、その人の中では現実として機能している」というのがポイントです。
孫子が「詭道」と言ったのは、まさにここで、「現実そのものよりも、どう伝わっているかの方が、戦場では結果を左右する」という冷酷な前提を示しているように思います。
正直さを捨てるのではなく、「伝わり方」を設計する
とはいえ、「じゃあ見せ方が大事なら、多少盛ったり、過剰に演出したりしてもいいのか」というと、それもまた違う話です。長く続ける前提で考えると、過剰な演出は必ずどこかでツケが回ってきます。
私が大事だと思っているのは、「正直さを手放さないまま、伝わり方を設計する」ということです。
- 言いたいことを全部並べるのではなく、「相手が最初に知りたいこと」から順番に見せる。
- こちらの都合ではなく、「相手が意思決定するときに必要な情報」が何かを基準に整理する。
- こちらの視点だけでなく、「お客さん側の言葉」を拾って配置する。
これは、事実を変えるのではなく、事実の並べ方と見え方を整える作業です。写真で言えば、同じ現場でも「どこを切り取るか」「どのレンズで見るか」に近い感覚ですね。
「見せ方なんて二の次」と言ったときに失うもの
ときどき、「見せ方より中身で勝負したい」とおっしゃる方がいます。その気持ちはとても分かるのですが、そこで一度立ち止まって考えたいのが、「見せ方を軽視したときに、誰が一番損をするのか」という視点です。
多くの場合、損をするのは、
- 本来一番届けたいはずのお客さん
- そこから受け取れるはずだった価値
- あなた自身の評価や、次のチャンス
です。本気で価値あるものを作っている人ほど、「伝わらないまま埋もれていく」というのはもったいないですし、その状態を放置することは、ある意味で不親切でもあります。
だからこそ、「兵は詭道なり」を、「どう騙すか」ではなく「どうすれば本来の価値が、相手の目にちゃんと届くかを設計する話」として受け取った方が、現代の仕事にはフィットすると思います。
明日は「拙速は巧久に勝る」の一節から、完璧を目指して動けなくなるより、粗くても早く一歩進めてしまう方が結果的に良い、という話を扱います。
ではまた。
P.S.
先日、自分のポートフォリオ的なページを見直していたら、「文章はやたら長いのに、肝心の写真が小さくて暗い」という、なかなか残念な構成になっていました。
「見せ方より中身で勝負」と言いながら、そもそも中身をちゃんと見せていなかったというオチです。ひとまず、自分のページから優先的に撮り直すことにしましたが、「兵は詭道なり」を一番実感しているのは、間違いなく自分自身だなと思います。
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