「わかっているのに、アクセルとブレーキを踏み間違えてしまう…。なぜこのような事故が起きてしまうのでしょうか?」
近年、高齢ドライバーによるアクセルとブレーキの踏み間違い事故が社会問題となっています。この事故は、行為の目的を理解しているものの、それを正しく表現できなくなっていることが原因と考えられています。
東京都医学総合研究所と自然科学研究機構生理学研究所の研究チームは、ヒトの脳の前頭葉にある「背側運動前野」が、目的志向的行動の段階的な計画過程に重要な役割を果たしていることを発見しました。
この研究成果は、高齢ドライバーの事故防止や認知症・高次脳機能障害の治療法の開発に役立てられる可能性があります。
目的志向的行動と脳機能
東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクトの中山義久主席研究員と、自然科学研究機構生理学研究所 心理生理学研究部門の定藤規弘教授らの研究によると、ヒトの脳の前頭葉の背側運動前野は、目的志向的行動の段階的な計画過程に重要な役割を果たします。
1.1 目的志向的行動とは?
目的志向的行動とは、「目的を設定する」「行為を選択する」「行為を準備する」といった複数のステップを予測しながら実行する行動を指します。例えば、ドアを開けるという行動には、「ドアノブを回す」「ドアを押す」といった一連の行為が含まれます。
1.2 運動前野の役割分担
研究では、fMRIを用いて被験者の脳活動を測定し、目的行動の各段階における運動前野の役割を調べました。その結果、以下の役割分担が明らかになりました。
- 目的行動の決定: 運動前野の下前方部
- 行為の選択: 運動前野の上前方部
- 行為の準備: 運動前野の後方部
このように、目的決定から行為の実現へ計画段階が進むにつれ、運動前野内の異なる複数の領域が役割分担しながら、目的達成のための行動を実現することが示されました。
高齢ドライバーの事故と脳機能
近年、高齢ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違えてしまう事故が多発しています。この事故は、行為の目的を理解しているものの、それを正しく表現できなくなっている現象と考えられます。
中山氏らの研究成果は、踏み間違いのような「わかっているのにできない」現象が、運動前野の機能異常によって起こる可能性を示唆しています。
認知症や高次脳機能障害への応用
運動前野の役割分担に関する研究成果は、認知症や高次脳機能障害の病態理解や新たなリハビリテーション法の開発に繋がる可能性があります。
例えば、認知症患者は、目的行動の計画や実行に困難を伴うことが知られています。運動前野の機能低下が、これらの症状の一因である可能性があります。
高次脳機能障害患者は、運動前野を含む脳の損傷によって、行為の選択や実行に障害を伴うことがあります。運動前野の機能を回復させるリハビリテーション法の開発によって、これらの症状の改善が期待できます。
まとめると
中山氏らの研究は、目的志向的行動を実現する脳機能の解明に大きく貢献しました。今後、この研究成果は、高齢ドライバーの事故防止や認知症・高次脳機能障害の治療法の開発に役立てられる可能性があります。